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2009年12月31日 (木)

(97)四角四面な親 ~自分自身を振り返る~

私は自分で言うのもなんですが、「四角四面」な性格だと思います。私のこれまでのブログを読んで頂いた方は、なんとなく感じると思います。

四角四面の意味を辞書で調べてみました。辞書に依れば、

  1. 真四角なこと
  2. 態度などの折り目正しいこと。また、真面目過ぎて堅苦しいこと。

とありました。生真面目で堅苦しく、面白みの無い人間です。しかし、おかしなことに、私のブログの中では、この世の中に対して「融通無碍」であるべきだと主張しています。

融通無碍の意味を辞書で調べてみました。辞書に依れば、

  1. 滞りのないこと。考え方や行動に差別やこだわりのないさまをいう。

とありました。融通無碍になると言う事は、モノやカネ、地位や名誉、体裁などの欲に捕らわれずに、何事にも縛られる事なく、生活していく事が、即ち、将来の子供たちの世代を好くすることだと主張しています。(本当の意味で人間らしく、心が豊かに、人としてあるべき姿を実行できる人達の集まりになって欲しい。)

この二つの言葉、「四角四面」「融通無碍」は実は対義語です。即ち、反対の意味です。

では、何故、私はこのブログで融通無碍になりましょうと皆さんに訴えているのかを考えてみました。答えは簡単です。

私自身が融通無碍ではないからです。即ち、意識の奥底、心の奥底では、モノやカネ、地位や名誉などの欲に塗れているということです。

私は、皆さんに融通無碍になり子供たちに人として親として、心の豊かな人間になって欲しい、そういう社会を実現して欲しいと願って、私なりに主張をしてきました。

私が田舎に行きスローな生活を夢見ていても、現実にはサラリーマンとして生きている選択をしているのは、まさに欲に捕らわれているからだと思います。今の生活を壊したくない。お金に苦労するのは嫌だと本当の心は言っているのです。

私は、未だ未だ、人として親として、未熟である。欲に捕らわれ、浅ましい心で子供に接していると言う事が、解りました。

私は冗談半分、本気半分でよく口にします。「オレは最後は坊さんで死ぬんだ。」

愚かでした。

このまま自分自身を改心しなければ、到底、お坊さんなどにはなれません。出家せずとも、そういった、欲を捨てた人間になることなど、遥か彼方の手の届かないところにあることが、良くわかりました。

これも、子育てを通じて私がこれまでどの様に考え、行動し、何を伝え、我が子をどう育ててきたのかという、今時点での私の振り返り。これから年末を過ごし、新たな年を迎えるに当たって、この一年、自分はどれほどの人間になったのかを振り返り、新たな発見をしました。

目標に向かって進む、その目標があっているか?今はどの程度になっているのか?息子の成長と共に、考えて、改めて、人として親として成長したいと思います

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コメント

まだここしか読んでいないのですが。
欲がなければ人は腑抜けになります。前には進めません。
浅ましいのは独り占めする行為です。福は少しづつ他人に
分ければいいのです。出来る時に。でなければしっぺ返しが来ます。
強欲があさましいのです。あなたは強欲ですか?
私の母は寺の出です。お坊さん達はかなり強欲です。
大きな寺院の住職もしかりです。残念ですがあさましいです。

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